So-net無料ブログ作成
検索選択

川湯温泉 [東牟婁]

今年は、新宮の御燈祭に行くことができたんですが、休み取れたのが直前でもあり、
その宿泊先を探すも、近場はどこもいっぱい[もうやだ~(悲しい顔)]
遠くに宿泊するんだったら、どうせなら今まで行ったことのない所にしよう!と思い、
田辺市本宮町 川湯温泉に宿泊しました。

わたくし、川湯温泉をつい最近まで誤解してまして、川原を掘らないと温泉にありつけないもんだと思っていました。
そうやって入れるのがここの最大の特徴なんですが、そんなことしなくても、普通の内湯もあります。
もちろん、内湯も源泉掛け流し[いい気分(温泉)]

僕が泊まった所では内湯のドアを開けると、川原に出ることができ、川の湯も気軽にアクセスできました。

・・・ただ、僕が行った日は大雨で川の湯は入れませんでしたけどね・・・[もうやだ~(悲しい顔)]

20120207_1008__01.jpg
豪雨の川湯温泉・・・

 

ちなみに、川湯温泉が発見されたのは鎌倉時代だそうです。
昔は河温泉と呼ばれていたそうです。
川湯温泉ってまんまなネーミングやなあって思ってましたが、
昔はもっとまんまですね
[いい気分(温泉)] わかりやすくて良いです。

 

20120207_1005__02.jpg
川湯温泉浄妙堂(と見せかけてこのお堂はお地蔵様がまつられています。浄妙堂はこの奥)

 

川湯温泉十二薬師如来について(以下、看板の内容を一部引用します)

正式な名称は「浄妙堂 薬師浄瑠璃光如来(たぶん[あせあせ(飛び散る汗)])」で、川湯温泉の守護神であり、神経痛・内臓病等の平癒を祈願し、薬師の温泉とあわせて古くから多くの人々の信仰を集めている。

浄妙堂は、江戸時代に対岸からこの地(温泉街の中間地点にある吊り橋付近)に移されたと伝えられている。

例祭は112日に行われる。「揚げ物」と呼ばれる色とりどりの張り子が吊され、例祭当日は神事に始まり、もち投げをする。

「揚げ物」は川湯それぞれの家庭で2~3週間かけて竹と木等で作られる。山間を吹く風に揺られて、地元の願いを引き受け、また観光客の目を楽しませてくれる。

例祭の由来は、如来様が山に里帰りする道案内に、地元の人たちがしめ縄を川に渡し、それに野菜(ダイコン等)をぶらさげたのが始まりだと伝わっている。

浄妙堂には額がかけられている。金龍障禅山という人が宝永元年(1704)に病気平癒を感謝し、浴友である竹田角右衛門という人に依頼し、奉納されたものである。

浄妙堂は享和元年(1801)に再建され、本宮大工嘉八繁浅の作とされている。

20120207_1002__03.jpg
奥に鎮座する浄妙堂 薬師如来

20120207_1007__01.jpg

ちょうど「揚げ物」が吊られていました。


nice!(1)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:地域

nice! 1

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

トラックバック 0

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。

×

この広告は1年以上新しい記事の更新がないブログに表示されております。